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海外ドラマ 「推理作家コナン・ドイルの事件簿」あらすじと感想

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U-NEXTで観れる動画「推理作家コナン・ドイルの事件簿」

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海外ドラマ 「推理作家コナン・ドイルの事件簿」とは?

シャーロック・ホームズの生みの親が実際に関わった事件を描いたミステリー

アーサー・コナン・ドイル 作家で主人公です。

実際に関わった事件の事をドラマ化しています。(実話・エダルジ事件)

3部構成で作られていて、サックリ見れる作品!

アーサー・コナン・ドイルってどんな人?

1859-1930

イギリスの作家・医師

大学の医学部を卒業し、開業するが上手くいかず

患者を待つ間に執筆!副業として、執筆活動をし、

1884シャーロック・ホームズを発表する。

1891シャーロック・ホームズの短編を発表

これが、爆発的ヒットとなり、執筆活動がメインになる。

警察の杜撰な捜査を暴いて、犯人とされた人物の冤罪を晴らすことに

尽力した実際の事件もある。

海外ドラマ 「推理作家コナン・ドイルの事件簿」あらすじ

1906年。アーサー・コナン・ドイルは妻の喪に服していた。

妻の死によってスランプに陥って筆を執れない彼のもとへ、

秘書が1通の手紙を持ってくる。

それは無実の罪で3年間投獄されているジョージ・エダルジから差し出された、

救いを求める手紙だった。

海外ドラマ 「推理作家コナン・ドイルの事件簿」見どころ

コナン・ドイルが、さすが推理作家というべき見事な洞察力を発揮させる。

彼とその秘書が2人で事件に挑んでいく姿が、

まるでホームズとワトソンの関係のようで面白い。

海外ドラマ 「推理作家コナン・ドイルの事件簿」各話 あらすじと感想

第一話 あらすじと感想

1906年。アーサー・コナン・ドイルは妻の喪に服していた。

妻の病死によってスランプに陥り、彼が創作したシャーロック・ホームズ

でさえ彼を奮い起こせずにいた。

そんな時、秘書が一通の手紙を持ってくる。

 

この年代に合わせて、全体的に暗い感じです。
実際に関わった事件を元に作られている為
細かい描写もあり、時代背景も浮き彫りです
第二話 あらすじと感想

昨夜の攻撃から逃れた後、アーサーと秘書のウディ、

そしてエダルジ家は、遠方から来たジョージの到着に驚かされる。

彼の到着のタイミングと、泥に汚れたブーツを前に、

ウディは彼に対しさらに疑惑を募らせる。

 

アーサーと秘書が、コンビで動いているのは
ホームズとワトソンを連想させるもの!
ホームズ並みの推理力で事件のカギを掴みます。
第三話 あらすじと感想

アーサーはジョージを疑う人々が間違っていると証明しようと決意し、

警察が見つけたものとは違う新しい証拠を探し始める。

真犯人が逃走中と思われるなか、アーサーとウディは、

さらなる危険に身を投じるが…。

 

ちょっとしたアクションもあり、ハラハラする
場面もありましたが、無事事件は解決!
しかし、結果は・・・。
時代の背景に逆らえないような一面もあり、
警察の杜撰さが浮き彫りになりました。

実話・エダルジ事件について

1903年中、6カ月に渡って同地の家畜の牛馬たちが何者かによって

腹を裂かれて殺害された事件だった。

(傷口は浅かったものの長く、家畜たちは出血多量で死んでいた)

地元警察から疑われたのは、インド系の弁護士ジョージ・エダルジだった。

エダルジはこれまでも散々人種差別に晒され、

地元警察や住民から忌み嫌われてきた人だった。

上記の事件が発生するとエダルジを犯人と告発する怪文書が地元警察や住民に出回った。

警察はこの怪文書もエダルジの自作自演と判断し、エダルジの自宅を家宅捜索した。

そして血痕らしき小さなシミと馬の毛が付いたスーツが発見されたとして、

エダルジを家畜殺害の容疑者として逮捕した。

怪文書の筆跡もエダルジの筆跡であると鑑定された。

裁判にかけられたエダルジは有罪判決を受け、石切場での7年の重労働刑に処された。

しかし警察が依頼した筆跡鑑定官は別の事件の裁判でも

いい加減な鑑定をしたことで悪名高い人物であり

しかもエダルジが石切場で重労働させられている間にも

家畜が殺される事件が発生したため、エダルジ冤罪説が強まり、

内務省に再審請求が殺到した内務省は、1906年10月にエダルジを仮釈放したものの、

仮釈の理由を説明せず、有罪判決を取り消したわけではなかった。

このやり口に憤慨したエダルジは新聞で自らの冤罪を訴えた。

これを読んで事件に関心を持ったドイルは、裁判記録を調べ、

犯行現場を視察し、またエダルジ本人とも会見した。

ドイルはエダルジと会った瞬間に彼の無罪を確信したという。

ドイルがエダルジを訪問した時、エダルジは眼を近づけて横にずらすように

新聞を読んでいるところだったが、かつて眼科の勉強をしていたドイルは、

この様子を見て彼がメガネでも矯正できないほどの

強度の近視かつ乱視だと見抜いたという。

そのため彼が闇夜の野原の中から家畜場や家畜の位置を特定して

傷つけることなど不可能と考えたのだった。

ドイルは証拠の洗い直しを行い、警察の杜撰な捜査の実態を次々と暴いた。

エダルジが書いたと鑑定された怪文書を別の筆跡鑑定人のところに持ち込んだ結果、

エダルジの筆跡ではないという鑑定結果を得られた。

上着の馬の毛についてはその衣服が警察署へ運ばれる途中に

馬のなめし皮入りの袋に入れられたために付着しただけであると突き止めた。

また同じく衣服に付着していた血痕らしきシミについては

「どんなに腕のいい暗殺者でも暗闇で馬を引き裂いて

3ペンス銅貨二つの血痕しか付かないなどということはあり得ない」

と問題視しなかった。

著名な作家コナン・ドイルが事件を出版したことで

事件への国内外の注目は大いに高まった。

(アメリカ合衆国の『ニューヨーク・タイムズ』は一面で報道している)。

そのためイギリス政府としてもこの事件をいい加減なままに

しておくことはできなくなり、1907年春には事件の再調査を行う

「エダルジ委員会」が設置された。

しかしそのメンバーには警察に都合のいい人物が入れられていたため、

委員会は家畜殺しについてエダルジの無罪を認めつつも、

怪文書を書いた件については有罪を覆さなかった。

その結果、エダルジは特赦を受けつつ、「ある程度までエダルジの責任」とされて、

3年間の重労働刑についての刑事補償を認められなかった。

ドイルはこれにがっかりし、役人のかばい合い体質を批判するとともに、

この事件はイギリス裁判の汚点となるだろうと主張した。

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